カナダの事件について思うこと

  • 2016.10.05 Wednesday
  • 11:02

カナダで3週間行方不明だった日本人女性が、10月1日に遺体で見つかったとバンクーバー警察が会見で発表しました。

 

私も今回の被害者と同じく、バンクーバーに2年間留学していました。

もうずいぶん前になるので、現在は随分と街の雰囲気は変わっているとは思いますが、とても美しく安全な街です。(バンクーバーはイギリスの経済誌による「世界で最も住みやすい都市ランキング」で、2011年から5年連続上位に入っています。)

ダウンタウンに住んでいた私は、家の近所のスタンレー公園によく行き、散歩をしたりビーチでのんびりとコーヒーを飲んだりしてバンクーバー生活を楽しんでいました。

 

写真はバンクーバーのスタンレーパークから街を眺めた風景。とても美しい穏やかな町です。(写真は個展をした時の私の作品です)

 

今回の事件を知って、犯人が犯した罪にすごく憤りを感じました。

しかし、同時に「なぜ、前科者でホームレスの人間についていったの?」と、被害者女性にに問いたい気持ちもあります。(前科者ということはわからなかったとしても、言動や目つき、雰囲気で何となく「危険な人物かも」というのはわかったのではないかと思うのですが・・・。特に女性はその第六感が敏感な人が多いので。)

 

英語を勉強したい気持ちはよくわかります。

ことば巧みな犯人の言うがままに行動してしまった、被害者女性の真意が何だったのかは誰もわかりません。

でも、ウォッカを買って、空家に行く必要があったのかは疑問です。

 

純粋に英語を学びたいのであれば、他に方法はいくらでもあるのではないでしょうか。

 

当時の私も、今回の被害者と同じくらい英語を学ぶのに必死でした。

私の場合は、英語を話す機会を作るために日本人との接触は最低限に抑え、地元の人が利用しているコミュニティセンターのバドミントンクラブに入り、そこでカナダ人の友人を作りました。しかし、その仲間でも、男性と2人で会うことはせずに、いつも複数人でバドミントンの活動後に食事に行っていました。初めは聞き取りが難しかった会話も、段々とわかるようになってからはとても楽しく「親友」と呼べる友人もできました。

 

カナダ人はとても親切な人が多いです。

特に移民が多い国なので、人の痛みがわかる人が多いです。ダイバーシティの塊のような街で、多様性を受け入れる寛容な街です。

 

しかし、どの国でもそうですが、良い人ばかりではありません。

私が語学学校で学んでいる時に、クラスメイトが「アジア人を見ると、卵をぶつけてくる白人がいるから気をつけて」とアドバイスをしたくらい、人種差別をする人はいます。

それに、外務省も発表していますが、犯罪率もカナダは日本の8倍です。その中で、おとなしい日本人女性が狙われるケースは少なくないという認識は必要なのではと思います。

 

今回の事件を受け、「やはり外国は怖い」「留学なんか行かなくていい」という人が増えているようです。

しかしながら、外国が怖いわけではなく「どれだけ自分のことを自分で守れるか」だと思います。

日本にいても、殺人や暴行事件は起きているし、交通事故も多いです。

どこにいても、自分自身を守る術は必要です。

 

この事件で、海外に行くことを断念する人が増える事が残念です。

海外に住むことで、見聞が広がり、自分自身が変わっていくことを実感できます。

英語を学ぶだけでなく、多くの人の考え方、習慣の違い、文化の違いを知ることで世界の広さを体感できます。

そして、一番大切なのは「日本人である誇り」を感じられます。

少なくとも私は海外で、私が日本人であることにとても感謝し、誇りを感じるようになりました。

 

それは、海外に身を置くことにより『日本から世界を見る』から『世界から日本を見る』という視点の転換があり、日本にいる時には意識しなかった「日本人というアイデンティティ」を考えるようになったからだと思います。

日本が持つ素晴らしい文化、慣習、習慣、気遣い、清潔さ等、世界に誇れるものが多くあることを再認識したというのが大きな理由です。これは、インターネットで情報を得るだけでは知ることができない「体験」だと思います。頭で知るのと、自分の五感を使って知るのでは、1000倍くらいの違いがあると思います。これが、私が若い人たちに海外に行って欲しい理由です。

 

今回の事件は、被害者女性の「気遣い」や「他人を尊重する」気持ちから起こったのかもしれません。

今後、日本の教育は、「いい子を育てる」ことを止めて、「判断力を養う」「自分の意思をしっかりと伝えられる」教育が必要です。本来は、教育とは「将来よりよく生きていくため」のものだと思います。テストで良い点を取るためのものではないのです。

 

これ以上、悲しい事件は耳にしたくありません。

 

ご冥福をお祈りいたします。