習慣の捉え方

昨日はかなり冷え込んだ福岡でしたが、今日は一転、春の木漏れ日が差し込んでいます。

 

さて、世界にはいろんな習慣があります。

 

握手、ほっぺに2〜3回キス、唾をかける(アフリカ)、靴を履いたまま家に入るなどなど。

 

そして、最近、よく見るのがハグ

 

抱擁という意味で、抱きしめ合うことですね。

 

 

欧米人がハグするのを見かけたという人は、かなり多いのではないかと思います。

 

私のハグに対する強烈な思い出は、当時お付き合いしていた男性のお祖母様が80歳を迎えるというので、誕生日パーティーにいった日の出来事です・・・

 

小さな子供からご高齢の方含め、50人くらいの親戚中の人に、次々とハグされまくりました(笑)でも、戸惑いつつも、歓迎ムードが嬉しかったのを覚えています。

 

 

さて、このハグの意味はなんだろうということを考えさせられる出来事がつい最近あったのです。

 

それは、知り合いのカフェのオーナーが開催した「ハグキャンペーン」。(@日本)

 

そんなに難しいものではなく、飲食後の会計の際に、そのオーナーとハグをするというものです。

 

SNSでも楽しそうにハグされている写真を見ながら、微笑ましく思っていました。

 

が、しかし、実際に私がそのオーナーとハグするときには、異常な違和感を覚えたのです。

 

毎週行っているカフェですが、そのキャンペーン中に2回足を運びました。

 

一回目の時は、なんとなく違和感を感じながらハグしましたが、2回目の時は「ごめんなさい」と言って、握手をしました。

 

こう書くと、私はハグがあまり好きではないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。外国人の知人が多いので、むしろ日本人の中では比較的ハグする回数は多いほうだと思います。

 

この時感じた「違和感」について、数日間考えましたが、それは、ハグは「しなければいけない」状況でするものではなく、自然と「したくなる」ものではないかと思ったのです。

 

前述の親戚一同のハグも、「ようこそ来てくれたね。楽しい時間を一緒に過ごしましょう!」と迎え入れてくれていたハグだと思います。私も、「招待してくれてありがとう。今後とも、宜しくお願いします」と言う気持ちでハグしました。

 

甥っ子が3歳の時、みんなでテレビを見てた時に、ふと私の膝の上に乗ってきて「むぎゅー」とハグしてくれたことがありました。これも、甥の無意識による愛情表現ハートです。

 

しかし、このカフェのオーナーの場合は、「キャンペーンをしているので、ハグしましょう」という、なんとなく「無理やり感」を感じたように思います。(このオーナーはとても良い方で、いろんな思いがあって、ハグキャンペーンをされていると思います。決して非難しているのではないのです。あくまでも、私が個人的に感じたことです。)

 

海外や日本で、友人に外国人を紹介された場合、ハグをする必要があるのか?

 

郷に入れば郷に従えと言う言葉がありますが、したくないものに無理に合わせる必要はないと考えます。

 

ビジネスの時に、信頼を築きたいと言うならば握手は必要かもしれません。

でも、プライベートで無理にその習慣に合わせる必要はないのではと思います。

(もちろん、国の慣習や宗教上で頭を触ってはいけない、むやみに肌を出してはいけない、左手で物を渡さないというマナーを守る必要はあります。ご自分の身を守りたいのであれば、その国の文化や慣習を尊重することは肝要です。)

 

私の友人のロシア人とニュージーランド人の夫婦は、私を何度も食事に招いてくれましたが、最後までハグをしませんでした。

多分、これは私のことが嫌いというわけではなく、日本人だからハグはしないだろうと考えてのことなのではと、あまり深くは追求しませんでした。(この夫婦も、ハグする習慣がなかったかもしれません。ただ、強要するものではないので、握手で挨拶をしていました。)

 

ということで、ハグやほっぺにキスなどは、したければすればいいし、したくない場合はしなくても良いと思います。

 

ちなみに、初対面ですぐにハグをする外国人は少ないです。(握手はもちろんしますが)

ですが、知り合いになって、一緒に楽しい時間を過ごした欧米人は、ハグをしたいと考えている人が多いです。

 

このハグは、友情を表しているのです。

 

そして、もしあなたがハグをしたいと思えば、思い切って「hug me」と両手を広げると、さらに友情が深まると思います。

あくまでも、私の意見ですので、参考までにニコッ

 

それでは、良い1日をはーと

 

"Cheers"(じゃあね)

 

差別を考える

晴れが続いた福岡ですが、今日から雨の予報となっていて曇り空が見えますゆう★

 

4月4日の今日は、さて、何の日でしょう?

 

(文章とは全く関係ないのですが、先日の花見で見た桜はなはなはな)​

 

 

実は、「オカマの日」なんですね。

3月3日が女の子の節句で、5月5日が男の子の節句ということで

中間である今日が、「オカマの日」ということなのです。

 

さて、約20年前、私がカナダに留学をしている時に

友人のJasonがクリスマスに家に招いてくれました。(それも、実家!)

 

実は、Jasonから、母親に自分がゲイであることを未だに伝えていないから、

一緒に実家に来て欲しいと言われたのでした。

私は快諾して、彼の実家にお邪魔し、お母さんに会い美味しい食事を振る舞っていただきました。

性に対して寛容そうに見える欧米でも、当時はまだまだ閉鎖的でした。

 

現在は随分と変わってきていると思いますが、海外ドラマを見ていても、

LGBTはまだまだ差別の的になっています。

 

私は当事者ではないので、その差別を受けたことがないのですが、

カナダで私が所属していたバドミントンクラブでは、多くのゲイの男性がいましたので

当時はゲイの方とは交流が多く、彼らの悩みもいろいろと聞いていました。

しかし、反面、ゲイでない人が、いろいろと噂話をしているのも聞いていました。

 

多様性が増えている現在、性も一つの『個性』としてそれを認めるべきなのではと考えます。

 

ただ、、いくつかの国はその存在を認め、同性愛者の結婚や養子縁組も許可しています。

それらを認めない宗教もあるようですが、もし神様が私たちを創造したのであるならば

LGBTも同じように神の子であるのではと思うのですが、皆さんはどう思いますか?

 

そして、今日は黒人運動の指導者キング牧師が狙撃され死亡した日でもあります。

 

トランプ大統領が当選してから、アメリカでは人種差別がまだひどくなり始めました。

 

しかしながら、黒人だけの問題ではありません

私も、人種差別という意味では差別を感じたことがあります。

 

オーストラリアでは、「日本人が我々の仕事を奪っている」と日本人を敵視していると聞いたり

カナダでは「アジア人に卵をぶつけてくるカナダ人がいるから気をつけて!」とクラスメイトに注意を受けたことがありました。

 

黒人だけが差別されている訳ではありません。

有色人種という意味では、日本人は「黄色人種」として差別されていました。

 

「他人事」ではないのです。

 

多分、差別がなくなることはないでしょう。

 

しかし、一人一人がそれを意識し、「自分だけは差別をしないようにしよう」と考えるようになれば、少しずつ減っていくのではと思います。

近い将来に、海外から多くの移民が移住してきた時に、「日本は住みやすくて良い国だな」と思ってもらえるようになっていると嬉しいです。

 

皆さんは、差別に対してどう考えますか?

 

"Cheers"(じゃあね)

頼もしい未来の大人達

今日は、教育についてお話しします。

 

(筆者がカナダ留学時代の写真)

 

さて、皆さんご存知の「東大」。日本最高峰の大学です。

きっと、お子さんがいらしゃる方は、自分の子供が東大に入ってくれると嬉しいなあと思われている方もいらっしゃるかもしれません。

 

さて、その東大ですが、世界では何位でしょう?

 

2016年−2017年版の世界大学ランキングでは、「34位」でした。

前回は、43位だったので随分と上がってきてはいます。

でも、まだまだ世界トップには及びません。。。

 

上位はアメリカとイギリスの大学で占められており、アジア圏ではシンガポール、中国、香港が東大の上に位置しています。(参考資料: https://careerpark.jp/26982#head-2)

 

実は、このトップ大学であるMITやハーバード大、イエール大が日本の高校、開成や灘にアプローチしているそうです。(参考資料:http://president.jp/articles/-/24702?page=3

そして、これらの大学に進学している日本人高校生が年々増えています。

 

昔は、日本の大学を卒業してから海外の大学院に入学していましたが、現在は大学から海外へ進学するような傾向にあるとのこと。

そして、これらの大学を目指している高校生は、日頃からボランティア、社会活動に積極的で、自分の学びが社会にどう還元できるかを常に考えているそうです。

 

これは、何を意味しているかと言うと、日本の枠に捉われず、広く世間を見たい、世界のトップの学生と共に学びたいと考えた結果ではないかと思います。

 

外国の学び方はとても能動的です。自ら考え、どんどん意見を伝え、議論し、また考えを熟成させます。

 

しかしながら、日本の教育はAIを作っているとしか思えません。

テストの範囲を伝え、それを覚えて100点取れた生徒が優秀ということになります。

記憶の良い生徒は良い点は取れますが、本当に考える力はついているのかは疑問です。

 

そして、AIは人間の能力を遥かに超えた記憶を「忘れずに」保存することができますが、人間は「忘れる動物」です。記憶という面では、AIには全く太刀打ちできません。しかしながら人間は「想像力」「創造力」「人の気持ちを察する能力」「いたわりの能力」「折衝力」「交渉力」などなど、AIに勝る能力をたくさん持っています。それを生かすも殺すも教育なのではと思います。

 

 

海外の大学に進学する生徒は、自ら考える能力が高いのではと思います。

この生徒には、世界を引っ張って行って欲しいと考える一方で、日本の教育システムはそろそろ限界に近づいているのではと思います。改革が急務なのではないでしょうか。

 

それでは、良い1日をハート

 

"Cheers"(じゃあね)

死を考える

3月14日に、ホーキング博士が亡くなりました。

物理学者で、現代宇宙論に多大な影響を与えた人です。

 

 

私は、文系なので理系のことには疎いのですが、こんな私でもニュース等でその存在を知っていたホーキング博士。

 

車椅子の物理学者」として知られるホーキング博士は、学生の頃に筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し、ほぼ言葉を発することができませんでした。しかし彼は、音声合成装置を通じて多くの素晴らしい名言を私たちに残してくれました。

 

実は、最近、悲しいことが私の周りで起こったのですが、ホーキング博士の言葉を読んでいるとそれを乗り越えられる勇気を与えてもらえました。

 

ホーキング博士の言葉は胸にずっしり残ります。

そして、愛がたっぷりと込められています。

読んでいて、幸せな気分にしてくれるこれらの言葉を皆さまにもお伝えしたいと思い、取り上げさせていただきました。

(こちらからの引用です→https://www.brainyquote.com/authors/stephen_hawking

 

そして、人の死によって、今のこの時間を大切に考える機会になるのではと思います。

 

中でも、私が大切にしたい言葉はこちらです。

 

Look up at the stars and not down at your feet.

Try to make sense of what you see, and wonder about what makes the universe exist. Be curious.

 

 

次は、学者らしい言葉。

この'how' and 'why' を持ち続けることで、進歩に繋がるのでしょう。

でも、「時々、答えを見つけるんだ」というくだりは、本当に謙虚な人柄を表しているなあと思います。

 

I am just a child who has never grown up. I still keep asking these 'how' and 'why' questions. Occasionally, I find an answer.

 

 

 

いつの言葉かはわかりませんが、まだまだやりたいことはあったのかも知れません。

ホーキング博士のように多くの偉業を成し遂げた人だからこその、言葉なのでしょう。

 

I'm not afraid of death, but I'm in no hurry to die. I have so much I want to do first.

 

 

賢人は、いつもユーモアを忘れません。本当に。

 

Keeping an active mind has been vital to my survival, as has been maintaining a sense of humor.

 

 

最後に・・・

 

Perhaps one day I will go into space.

 

きっと、今頃は、宇宙遊泳を楽しんでいるのかもしれません。

 

ご冥福をお祈りいたします。

コンフリクト

コンフリクトという言葉をご存知ですか?

 

英語で「対立」という意味です。

 

 

私は、急に「対立」と言われると、ドキッとします。

きっと、これを読んでくださっている皆さんも、同じなのではないでしょうか。

 

そして、日本人は特に、この「対立」が苦手なのではと思います。

 

私は時代に反して、断捨離が苦手で、他人から見たら捨てたら良いのにと思われるようなものを取っておいてしまいます。

最近も、家の本棚でふと手に取ったNHKの「ビジネス英会話」の発行年が2004年だったのには、かなり驚きました(笑)

 

でも、この本の中に描いてある

 

Given the importance in Japan of the deeply rooted value of wa (和), harmony, Japanese generally try to avoid conflict.

(日本には「和」を大切にする文化があるので、「対立」を避ける傾向にある。)

 

は、この本の発行から14年経った今でも変わらないなと思った次第です。

 

「対立」と言われると逃げ出したくなりますが、「相互理解」としての「話し合い」というのはどうでしょう?

 

私が感じるのは、「相互理解」とはいえ、反対意見を言われると、やはり日本人は嫌な思いをする人が多いのではと思います。

 

これは、考えや意見は人格に関係ないとする欧米人に比べ、日本人は自分の意見に反対されると自分を否定されたように感じるからなのではと思います。

 

本来、人は違って当たり前で、意見や考えも違って当然だと私は考えます。

 

これを考えると、ディベートは、相手の立場になってものを考える習慣がつくので、本当に良いと思います。少しずつですが、当校でも将来的にディベートができるようになれたらと準備を始めています。

 

「対立」は欧米人も好んではいない、とこの本にはあります。

しかし、欧米人は相手を理解するのに「対立」は不可欠と考え、他者の意見を聞いてそれを分析する習慣を身につけているようです。

 

今後の日本人も、グローバル化を目指すのであれば、バックグラウンドや慣習、習慣が違う他国の人との「対立」を恐れずに、「相互理解」をできるようになる必要があるのではと考えます。

 

それでは、今日も良い1日をDocomo_hart

 

"Cheers"(じゃあね)